top of page

老境の武術 第10弾 蹴り技の天才職人ITFテコンドー 黄秀一(ファン・スイル)師範

武道には、時として一人の人間の力だけではどうにもならない歴史がある。

国がある。

思想がある。

政治がある。

そして、その巨大な流れの中で、本来ならばただ強さを求め、技を磨き、互いに尊敬し合うはずだった武道家たちが、知らぬ間に「南」と「北」に分けられてしまうことがある。

テコンドー。

世界中に広まり、今ではオリンピック競技としても知られるこの武道にも、複雑で、そして少し悲しい歴史がある。

今回は、その歴史の中で私が出会った、ひとりの天才的な武道家について書き残しておきたい。

その人の名は、

黄秀一(ファン・スイル)師範。

私がこれまで出会った武道家の中でも、間違いなく最高峰の蹴り技を持つ男である。

一つの武道が、二つに分かれた

テコンドーの歴史を語る時、絶対に避けて通れない人物がいる。

崔泓熙(チェ・ホンヒ)将軍。

韓国軍の将軍であり、現代テコンドーの形成に大きく関わった人物である。

ITFでは「テコンドーの父」と呼ばれている。

1955年、「跆拳道(Taekwon-Do)」という名称が生まれ、1966年、チェ・ホンヒ将軍はソウルにおいて国際テコンドー連盟、ITFを創設した。

ここまでは武道の歴史である。

しかし、この先から話は次第に政治の歴史へと変わっていく。

チェ・ホンヒ将軍は、次第に韓国の政治権力と対立するようになった。

そして1972年、ITFの本部を韓国からカナダのトロントへ移した。

さらに、その後。

彼は当時としては考えられない行動に出る。

北朝鮮にもテコンドーを伝えたのである。

今の時代からは想像しにくいかもしれない。

しかし当時は、朝鮮戦争の傷がまだ深く残っていた。

韓国にとって北朝鮮は、単なる隣国ではない。

敵対する国家であった。

その時代に、韓国軍の将軍だった男が、自ら育てた武道を北朝鮮にも伝えた。

当然、韓国側から見れば、これは単なる武道交流では済まなかった。

こうしてテコンドーは、技によって分かれたのではなく、

国家と政治によって分けられていった。

私は、このことを知った時、何とも言えない悲しさを感じた。

本来、拳にも蹴りにも国境などない。

強くなりたい。

うまくなりたい。

昨日の自分を越えたい。

武道を志す者の願いは、どこの国でも同じはずである。

しかし、人間が作った国境や政治が、ときに一つの武道さえ引き裂いてしまう。

南のWT、そしてITF

1972年、韓国には国技院が整備され、その翌年には世界テコンドー連盟、現在のWTが誕生した。

こうして世界のテコンドーには、大きく二つの流れが生まれた。

ひとつはITF。

もうひとつはWT。

よく、

「どちらが本物なのか」

と語られることがある。

しかし私は、そんな単純な話ではないと思っている。

ITFには、武道の匂いが色濃く残っている。

突き。

受け。

型。

跳び蹴り。

護身。

そして破壊力。

全身を使い、一撃を生み出そうとする。

一方のWTは、競技として驚異的な進化を遂げた。

スピード。

間合い。

前足の操作。

回転技。

電子防具への対応。

世界のトップ選手たちが見せる蹴りの速さと精度は、まさに異次元である。

少し乱暴な言い方を許していただけるならば、

ITFは、相手を倒す武道の姿を残し、WTは、相手からポイントを奪う競技として進化した。

もちろん、どちらが優れているという話ではない。

ただ、

強さを測る物差しが違う。

それだけなのだ。

私は、極真空手の分裂を長く見てきた。

だからこそ思う。

テコンドーの南北問題は、大山倍達総裁亡き後の極真分裂に、国家と政治の問題まで加わったようなものではないかと。

創始者の思想。

国家の思惑。

北と南の問題。

オリンピック競技化。

武道か、スポーツか。

これほど多くのものが複雑に絡み合えば、

「どちらが本物か」

などという簡単な言葉では語れない。

ITFは、創始者の思想を守ろうとした。

WTは、テコンドーを世界的競技へと育てた。

どちらも、テコンドーなのである。

そして、どちらか一方だけでは、テコンドーの本当の歴史は語れない。

剛の空手家が、華麗な蹴りを求めた

さて、ここからは私自身の話である。

若い頃の私は、自分で言うのもおこがましいが、華麗な技よりも剛の技を得意としていた。

強烈な突き。

相手の足をなぎ倒す下段蹴り。

力で前へ出る。

倒す。

壊す。

どちらかと言えば、そんな空手だった。

だが、武道家というものは不思議である。

自分の得意技を磨くだけでは、いつか満足できなくなる。

自分にないものを持つ者が、眩しく見えてくる。

私にとって、それがテコンドーの蹴りだった。

高く。

速く。

美しく。

まるで空中を舞うように放たれる蹴り。

自分にはない世界だった。

ならば、学んでみたい。

いや。

どうせなら、試合にまで挑戦してみたい。

そう考えた。

今思えば、無謀だったと思う。

空手の技が、そのままテコンドーで通用するはずなどない。

そこで私は初心に帰った。

荒川区にあった朴道場の門を叩き、

朴禎賢(パク・チョンヒョン)先生

のもとで、テコンドーを一から学ばせていただくことになった。

私の常識を壊した稽古

まず驚いたのは、ストレッチだった。

それまで私は、一人で行う柔軟運動しかほとんど経験がなかった。

ところがテコンドーでは、二人一組、時には三人一組で身体を伸ばしていく。

足を引っ張る。

押す。

広げる。

今まで経験したことのない角度まで身体を伸ばしていく。

正直、

「ここまでやるのか」

と思った。

だが、あの華麗な蹴り技は、決して天性のものだけではなかった。

その裏には、気の遠くなるような反復と、柔軟性を作り上げる地道な稽古があった。

さらに私は、スピードを徹底的に重視したテコンドー独特の突きや蹴りを、毎日のようにやり込んだ。

その道場には、時折、世界レベルの師範が指導に来られていた。

それが、

黄秀一師範だった。

当時、テコンドーのライト級世界チャンピオン。

世界の頂点に立った男である。

世界王者なのに、驚くほど優しかった

私はそれまで、他流派への出稽古というものを何度も経験してきた。

正直に言えば、競技が違うだけで、いじめに近いような扱いを受けることもあった。

「空手家が何をしに来た」

そんな空気を感じる道場もあった。

まして私は、どこの馬の骨とも分からない他流の空手家である。

世界チャンピオンから見れば、相手にする必要などなかったはずだ。

ところが黄師範は違った。

朴先生も違った。

本当に親切だった。

技を隠さない。

威張らない。

できない私を笑わない。

一つ一つ、丁寧に教えてくださった。

そのことに、私は心から驚いた。

そして、

「本当に強い人間とは、こういう人なのかもしれない」

と思った。

片目を腫らして道場へ行った日

ある日のことである。

テコンドーの試合でも活躍していた海渡さんとスパーリングをしていた。

お互い、少し熱くなってしまった。

その時、彼の突きが私の目に入った。

翌日。

私は片目を大きく腫らしたまま、道場へ行った。

すると黄師範は、私の怪我を見て、本当に心配してくださった。

そして後から聞いた話だが、海渡さんには厳しく注意をされたという。

私は胸を打たれた。

本来ならば、私は他流派から乗り込んできた空手家である。

昔の武道の世界なら、

「他流へ挑戦した以上、怪我をしても文句を言うな」

それで終わっていたかもしれない。

殺されても文句の言えない世界だった時代すらある。

なのに、この人たちは違った。

他流派の私を仲間として扱い、怪我をすれば本気で心配してくれた。

なんて心の温かい人たちなのだろう。

今でも、あの日のことを忘れられない。

「空手には空手の良さがある」

朴先生は、私にこう言ってくださった。

「空手には空手の良さがあります。テコンドーにはテコンドーの良さがあります」

そして続けた。

「全く違う世界のテコンドーに挑戦する重松さんは、すごいです」

私は嬉しかった。

空手家がテコンドーを学ぶ。

昔ならば、

「浮気だ」

「どちらが本物だ」

そんなことを言う人もいただろう。

だが私は今でも思う。

強さを求めるならば、他の武道から学ぶことを恐れてはいけない。

違うからこそ、学ぶ価値がある。

自分にないものを持つ者に、頭を下げる。

それもまた武道家の修行ではないだろうか。

三人で高級寿司を食べた夜

武道の思い出というものは、稽古場の中だけに残るものではない。

ある時、西日暮里にある高級寿司店の娘さんがフルコンタクト空手をされており、

「テコンドーから足技を学びたい」

という話になった。

空手関係者なので、一緒に来てほしいと誘われた。

そこで、

黄師範。

朴先生。

そして私。

三人で高級寿司をご馳走になることになった。

今でもよく覚えている。

三人とも腹を空かせて行ったものだから、とにかく食べた。

世界チャンピオンも。

名師範も。

空手家の私も。

武道論を語りながら、ものすごい勢いで寿司を食べた。

あの夜の寿司は本当に美味かった。

人間というものは不思議である。

何十年経っても、勝った試合より、

誰と何を食べたか。

誰と笑ったか。

そんなことの方を、鮮明に覚えていたりする。

人間業とは思えなかった蹴り

黄秀一師範の蹴りは、凄まじかった。

高い。

速い。

美しい。

それだけではない。

正確だった。

ある時には、高さの異なる三枚の板を、空中で回転しながらすべて割るという神業を披露した。

私も長く武道をやってきた。

多くの名選手を見てきた。

それでも思う。

あれは、普通の人間ができる技ではない。

黄師範は、ユニクロのストレッチパンツのCMでも、その驚異的な蹴り技を披露した。

さらにゲームの世界では、テコンドーキャラクターの動きを表現するモーションにも関わった。

現実の肉体で磨き上げた技が、広告へ行き、ゲームへ行き、世界へ広がっていった。

まさに、

蹴り技の天才職人。

私は、そう呼ぶのが一番ふさわしいと思っている。

私にはできなかったこと

やがて日本でオリンピックが開催されることが決まった。

その頃、

「何とかWTの予選に出られる道はないだろうか」

という相談を受けたことがある。

私は全空連の先生方にも相談した。

何とかならないか。

道はないのか。

しかし、テコンドーの世界には、私などにはどうすることもできない歴史と政治の壁があった。

話は、良い方向には進まなかった。

今でもそのことを思うと、

自分の力不足だった。

申し訳なかった。

そんな気持ちになる。

技があっても出られない。

実力があっても、立てない舞台がある。

武道の世界も、人間の世界である。

時として、実力だけでは越えられない壁がある。

私はその現実を知った。

松栄塾に来てくれた世界王者

それから何年もの歳月が流れた。

黄師範は、松栄塾の道場にも来てくださった。

そして、私の弟子たちに、あの世界最高峰の足技を教えてくださった。

子どもたちは目を輝かせた。

特に若い女性の弟子たちからは、大歓声が上がった。

私は少し離れたところから、その光景を見ていた。

ああ。

昔、自分が憧れたあの蹴りを、

今度は自分の弟子たちが見ている。

武道はこうして受け継がれていくのかもしれない。

自分が学び、

自分が感動し、

やがて自分の弟子たちが同じ感動を受け取る。

それは、師範として何とも言えない幸せな瞬間だった。

久しぶりの便り

そして最近。

私が書いている「老境の武術」の記事を読んでくださった黄師範から、久しぶりにメールをいただいた。

懐かしかった。

嬉しかった。

何十年という時間が、一瞬にして戻ってきた。

しかし、その便りの中で私は初めて知った。

黄師範もまた、大きな病と闘っていた。

かつてアンディ・フグ選手が命を落とした病に関わる、非常に厳しい闘病だったという。

私は言葉を失った。

あれほどの蹴りを持つ男が。

空中を舞っていた男が。

世界を驚かせた男が。

病の床で闘っていた。

人生とは残酷である。

どれほど身体を鍛えても、

どれほど強くても、

病はある日突然やってくる。

私自身もそうだった。

脳梗塞。

癌。

余命宣告。

だからこそ、少しは分かる。

病との闘いは、リングの上の勝負とは違う。

観客はいない。

歓声もない。

判定もない。

ただ一人で、

明日を信じるしかない。

それでも、天才は再び蹴る

だが黄秀一師範は、病に打ち勝った。

今では再び、SNSなどに華麗な蹴りの動画を上げている。

その姿を見た時、私は胸が熱くなった。

若い頃の蹴りと全く同じではないのかもしれない。

身体も変わっただろう。

人生も変わっただろう。

しかし、

蹴っている。

それが何よりも嬉しかった。

武道家にとって、

もう一度立つこと。

もう一度構えること。

もう一度技を出すこと。

それは、単なる運動ではない。

生きている証である。

もう一度、松栄塾へ

機会があれば、ぜひまた松栄塾へ来ていただきたい。

そして弟子たちの前で、もう一度、あの華麗な蹴りを見せていただきたい。

今の私には、もうできない蹴りがたくさんある。

高く跳ぶことも。

空中で回転することも。

若い頃のようにはできない。

だが、だからこそ思う。

自分にできなくなったことを、できる人に託せばいい。

自分が見せられない技を、仲間に見せてもらえばいい。

それでいい。

老境とは、すべてを失うことではない。

自分の代わりに技を伝えてくれる友がいる。

自分の代わりに高く蹴ってくれる仲間がいる。

そして、その技を目を輝かせて見る弟子たちがいる。

それだけで、武道家として十分に幸せではないか。

国家と政治がテコンドーを南と北に分けた。

組織が分かれた。

思想が分かれた。

ルールも変わった。

しかし私は、黄秀一師範や朴禎賢先生と出会って思った。

本当に強い武道家の心には、国境などない。

空手家の私を受け入れ、

技を教え、

怪我を心配し、

同じ寿司を食べ、

同じ道場で汗を流した。

最後に残るのは、ITFでもWTでもない。

空手でもテコンドーでもない。

人と人との縁である。

黄秀一師範。

また、いつの日か。

松栄塾の道場でお会いしましょう。

そして、もう一度、

あの誰にも真似のできない蹴りを見せてください。

私は今度は、弟子たちと一緒に、

心から拍手を送りたいと思っています。

蹴り技の天才職人、黄秀一師範へ。

再び立ち上がり、

再び蹴り続けているあなたに、

武道家として、

友人として、

心から敬意を込めて。

押忍

ITFテコンドー世界チャンピオン 黄秀一師範
ITFテコンドー世界チャンピオン 黄秀一師範
華麗なる蹴り技
華麗なる蹴り技
ライト級世界チャンピオン
ライト級世界チャンピオン
人気ゲーム鉄拳のファラン役を演じるファン師範
人気ゲーム鉄拳のファラン役を演じるファン師範

 
 
 

コメント


bottom of page