老境の武術 第9弾大和魂一族 エンセン井上大和魂よ、永遠に
- 榮一 重松
- 7月4日
- 読了時間: 8分
大和魂一族 エンセン井上
大和魂よ、永遠に
「老境の武術」も、気がつけば第9
弾を迎えることとなった。
今回、エンセン井上さんのことを書くにあたり、正直、少し迷いがあった。彼については、あまり詳しく語れない部分もある。書くべきか、書かざるべきか。何度も筆が止まった。
しかし、今でも連絡をくださる友人として、そして私の武道人生の中で忘れることのできない一人として、どうしても彼との出会いを書き記しておきたいと思った。
エンセン井上。
その名を聞けば、多くの格闘技ファンは「大和魂」という言葉を思い浮かべるだろう。だが、私が最初に出会った彼は、リングの上の戦士ではなかった。ラケットボールコートの中で、まぶしいほどの笑顔を見せる、明るく、優しい青年だった。
当時、私にはラケットボール東日本チャンピオンの彼女がいた。その関係で、ラケットボールの試合を観戦する機会が多く、その日も埼玉県の大宮で行われた試合の応援に行っていた。
そこで出会ったのが、当時ラケットボールの全日本チャンピオンであり、ハワイから英語教師として日本に来ていたエンセン井上さんだった。
彼はとてもフランクで、誰に対しても壁を作らない。笑顔が大きく、声が明るく、そこにいるだけで周囲の空気を変えてしまうような男だった。女性たちから人気があったのも当然である。ラケットコートの中に立つエンセンさんは、ひときわ輝いていた。
その日、彼女から紹介され、エンセンさんは私にこう言った。
「俺もハワイで柔術をやっていました」
当時の私は、まだヒクソン・グレイシーやホイス・グレイシーの活躍を深く知る前だった。だから「柔術」と聞いても、正直、まだピンと来ていなかった。
すると彼は、少し照れたような笑顔で続けた。
「俺も一度でいいから、格闘技の試合に出てみたいんだ」
その言葉を聞いた私は、急きょラケットコートの中でミットを持つことになった。彼のパンチを受けてみたのである。
驚いた。
彼は本格的に打撃を習ったことがないはずだった。しかし、ラケットボールで鍛え上げられた筋力とスピードは凄まじく、拳がミットに当たるたび、コートの中に乾いた音が響いた。
技術はまだ荒削りだった。しかし、身体能力、瞬発力、そして何より、内側から湧き出るような闘志があった。
私はその時、彼に真っ白なパンチンググローブをプレゼントした。すると、そのお返しとして、彼は「ターミネーター」という高価なラケットを彼女にくれた。
後から聞いて驚いた。そのラケット一本で、パンチンググローブが十個も買えるほどの値段だったのである。
私は思った。
なんて優しい男なのだろう。なんて義理堅い男なのだろう。
その後、エンセンさんはパンクラスやUWFなどの団体に、試合をさせてほしいと願い出たという。しかし、練習生としてしばらくトレーニングを積まなければ試合は難しいと断られたそうである。
そこで彼が門を叩いたのが、大宮にあったスーパータイガージムだった。初代タイガーマスク、佐山聡先生が立ち上げた、修斗という総合格闘技の道場である。
佐山先生は天才格闘家であり、その頃すでに第一線を退かれていたとはいえ、格闘技を見る目は別格だった。ブラジルのグレイシー柔術の存在も知っておられた。
日本にブラジリアン柔術を学んだ者がいる。しかも、身体能力抜群の若者がいる。
話はとんとん拍子に進んだ。
そして数か月後、エンセン井上は後楽園ホールのリングに立つことになる。記念すべきデビュー戦である。
相手は、柔術の技術を知らないプロレスラーだった。エンセンさんはマウントポジションを奪い、そこから強烈なパウンドを浴びせ、第一ラウンドで見事KO勝ちを収めた。
その時に一緒に撮った写真が、今も私の手元にある。写真を見ると、私の方が大きく見えるほど、当時のエンセンさんは絞り込まれた、シャープな身体をしていた。
そこから彼の格闘技人生は、一気に動き出していく。
私はその後、ハワイで行われる空手の世界選手権などに参加するたび、エンセンさんの友人である柔術黒帯のジェームス田中さんに大変お世話になった。また、エンセンさんのお兄さんであるイーゲン井上さんにも、本当に良くしていただいた。
イーゲン井上さんから、こんな話を聞いたことがある。
ある時、エンセンさんが黒人の大男に絡まれた。力では圧倒されそうになったが、柔術で相手を締め落としたという。その姿を見て、イーゲンさんも柔術を始めたそうである。
イーゲンさんは、ラケットボール世界最速の王者としてギネスブックにも名を残すほどの選手である。その彼が柔術の道に入り、後に柔術のチャンピオンとなり、現在もハワイで指導を続けている。
まさに、井上一族は「大和魂一族」と呼ぶにふさわしい。
その後、エンセンさんから「打撃の練習をしたい」と相談を受けた私は、前のブログにも書いた新小岩の渡辺ジムへ彼をお連れし、渡辺信久会長に紹介した。
エンセンさんは、トレーニングに対して本当に真面目な男だった。毎日のように渡辺ジムへ通い、地獄のような練習を繰り返していた。
普通の人間なら一日で音を上げるような稽古を、彼は歯を食いしばって続けた。明るく笑う男でありながら、内側には誰にも負けない覚悟があった。
後楽園ホールでのデビュー戦から、わずか三戦目。彼は武道館で行われたバーリトゥードジャパンのリングに上がる。
修斗の超新星として、エンセン井上は華々しい格闘技ロードを歩き始めたのである。
松栄塾の道場創立記念パーティーにも来てくださった。その時、まだ小さな子どもだった山本アーセン選手も一緒に来てくれた。今思えば、あの場には、未来の格闘技界につながる不思議な縁があったのかもしれない。
それからのエンセンさんは、UFCやバーリトゥードジャパンの主力選手として大活躍する。修斗ヘビー級チャンピオンとしても長く君臨した。
彼が戦った相手は、まさに世界の強豪ばかりだった。イゴール・ボブチャンチン。マーク・ケアー。アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ。
誰もがその名を聞いただけで震えるような、世界に名だたる格闘家たちである。
その中でも、格闘技史に残る一戦がある。
当時UFCヘビー級チャンピオンであったランディ・クートゥアに対し、第一ラウンド、逆腕十字固めで勝利した試合である。
あの勝利は、格闘技界を震撼させた。
世界の頂点に立つ男を、エンセン井上が極めた。それは単なる勝利ではなかった。日本の格闘技界に、そして修斗という競技に、大きな誇りをもたらした瞬間だった。
やがて、彼の長い格闘技人生にも一区切りが訪れる。
引退試合の時、私は花束を贈呈させていただいた。長い戦いを終えた男の姿を見ながら、胸に込み上げるものがあった。
出会った頃、ラケットボールコートで笑っていた青年が、世界の強豪たちと拳を交え、数々の激闘を生き抜き、そして最後のリングを降りようとしている。
人生とは、本当に不思議なものである。
その後、後輩たちを育てるため、エンセンさんは松栄塾にも来てくださった。奥様のセラさんや弟子たちに、西島洋介さんのボクシングテクニックを伝えていただいたこともある。
デビューの頃からの私との縁を、彼はいまだに覚えていてくれる。そして今でも、さまざまな形で交流を続けてくださる。
それは、私にとって大きな誇りである。
2020年、私が肝細胞癌にかかった時のことも忘れられない。エンセンさんは、わざわざハワイからCBDオイルを送ってくださった。遠く離れた場所から、私の身体を本気で心配してくれたのである。
その気持ちが、どれほどありがたかったか。
後に、彼が法律上の問題に関わることになってしまったことは、非常に残念でならない。もちろん、起きた事実を軽く見ることはできない。しかし、私が知っているエンセン井上という男は、義理を重んじ、人を助け、仲間を大切にする男である。
そこには、彼にしか分からない事情もあったのではないか。私はそう思わずにはいられない。
現在、彼は二度にわたる法律上の問題により、国外退去の危機に直面している。多くのファンの方々とともに、嘆願書を集め、日本に残って格闘技界を盛り上げてもらえるよう努力している。
前回書いた渡辺会長の話にも出てくるが、会長の嘆願書には、エンセンさんが行ってきた数多くの慈善活動についても記されていた。
特に東日本大震災の後、エンセンさんは何度も被災地へ足を運び、靴や生活用品などを届けた。苦しむ人たちのために、自分の足で現地へ向かい、自分の手で支援を届けたのである。
常日頃からエンセン井上という男を指導し、見守ってきた渡辺会長だからこそ、書けた嘆願書だったのだと思う。
人間は、誰しも完全ではない。光が強い人間ほど、影もまた深いのかもしれない。
しかし、私は忘れない。
初めて会った日の、あの弾けるような笑顔を。ラケットボールコートで見せた、少年のような明るさを。パンチンググローブのお返しに、高価なラケットを差し出す義理堅さを。仲間を思い、病の友を気遣い、被災地に足を運ぶ優しさを。
そして、リングの上で命を燃やし尽くすように戦った、あの大和魂を。
老境に入り、私はますます思う。
本当の強さとは、ただ勝つことではない。倒されても、過ちを背負っても、それでももう一度、人のために立ち上がろうとする心である。
エンセン井上さんには、もう一度、あの初めて会った時のような笑顔でいてほしい。周りのみんなを笑わせ、巻き込み、前を向かせる、あのユーモアあふれる男であってほしい。
そして、これからも格闘技界に、若者たちに、人生に迷う人たちに、彼だからこそ伝えられる何かを残してほしい。
エンセン井上。
大和魂一族の男。リングに命を賭けた戦士。そして、今も私にとって大切な友人である。
大和魂よ、永遠に。
押忍

保護者















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