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超人伝説 No.1 宮本武蔵 ― 五輪書に刻まれた老境の極意

「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とす」


武道を学ぶ者で、この言葉を知らぬ者はいない。


その言葉を残した男こそ、剣豪・宮本武蔵である。


武蔵は六十余度の真剣勝負を戦い、一度も敗れなかったと伝えられている。


巌流島の佐々木小次郎との決闘はあまりにも有名だ。


だが、私が武蔵に惹かれるのは、若き日の強さではない。


晩年である。


人は若い頃、強さに憧れる。


速く動きたい。力で勝ちたい。誰よりも強くなりたい。


私も若い頃はそうだった。


世界大会を目指し、日々身体を鍛え、勝利を求めて稽古に励んだ。


しかし、人は必ず老いる。


筋力は落ちる。


反応も鈍くなる。


身体は怪我だらけになる。


若い頃のようには動けない。


それでも武道を続ける意味はあるのだろうか。


その答えを武蔵は晩年に示している。


五輪書を書いたのは六十歳頃。


武蔵は若き日の武勇伝を書きたかったのではない。


人生を通して掴んだ「道」を後世に残したかったのである。


五輪書にはこうある。


「兵法の道は万事に通ず」


これは剣術だけの話ではない。


仕事も。


家庭も。


人間関係も。


人生そのものも。


すべてに通じるという意味だ。


私自身、五十歳で脳梗塞を患った。


六十歳では巨大な肝細胞癌が見つかり、余命半年を告げられた。


両膝も壊れた。


若い頃のような身体ではない。


それでも私は道場に立ち続けている。


なぜか。


強さとは、相手を倒すことではないと知ったからだ。


病に負けない。


老いに負けない。


絶望に負けない。


これもまた武道である。


十年ほど前、親友の西島洋介さんが熊本で引退試合を行った。


相手は“野獣”ボブ・サップ。


その試合のセコンドには、超人・倉本成春先生がついてくださった。


私は倉本先生に、


「もし西島洋介が負けるようなことがあったら腹を切ります」


と申し上げた。


今思えば大袈裟な話だが、それほど真剣だったのである。


倉本先生は笑って相手にされなかった。


しかし、その言葉に嘘はなかった。


私たちは本気で勝負に向き合っていた。


試合前日、倉本先生は宮本武蔵が五輪書を書いた霊巌洞を訪れたという。


そして試合当日。


先生の表情はまるで武蔵が乗り移ったかのように厳しかった。


試合直前、倉本先生が言われた。


「昔の武士は戦の前に腹から気合いを発したという。我々もそれにならおう。」


そして全員で、


「おーーーーーっ!」


と腹の底から気合いを放った。


その瞬間、道場とも試合会場とも違う、武士の戦場のような空気が流れた。


そして西島洋介さんはボブ・サップを見事にノックアウトした。


私は今でもあの日の空気を忘れない。


話を武蔵に戻そう。


武蔵は晩年、熊本の霊巌洞に籠もった。


華やかな勝負の世界から離れ、一人静かに己と向き合った。


そこで完成したのが五輪書だった。


剣を振るよりも難しい戦いがある。


それは己との戦いである。


老境とは衰えることではない。


余計なものが削ぎ落とされ、本当に大切なものが見えてくる時期である。


武蔵が最後に辿り着いた境地もそこだったのではないか。


勝つための剣から、


生きるための道へ。


それが宮本武蔵の到達した境地だった。


六十を超えた今、私は若い頃より武蔵の言葉が理解できる気がする。


人生そのものが修行である。


老境とは修行の終わりではない。


むしろ、本当の修行の始まりなのである。


押忍。


次回


超人伝説 No.2


「大山倍達 ― 牛殺し伝説の真実」


生きる超人 倉本成春先生と引退した鈴木康広会長
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