超人伝説 No.1 宮本武蔵 ― 五輪書に刻まれた老境の極意
- 榮一 重松
- 3 日前
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「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とす」
武道を学ぶ者で、この言葉を知らぬ者はいない。
その言葉を残した男こそ、剣豪・宮本武蔵である。
武蔵は六十余度の真剣勝負を戦い、一度も敗れなかったと伝えられている。
巌流島の佐々木小次郎との決闘はあまりにも有名だ。
だが、私が武蔵に惹かれるのは、若き日の強さではない。
晩年である。
人は若い頃、強さに憧れる。
速く動きたい。力で勝ちたい。誰よりも強くなりたい。
私も若い頃はそうだった。
世界大会を目指し、日々身体を鍛え、勝利を求めて稽古に励んだ。
しかし、人は必ず老いる。
筋力は落ちる。
反応も鈍くなる。
身体は怪我だらけになる。
若い頃のようには動けない。
それでも武道を続ける意味はあるのだろうか。
その答えを武蔵は晩年に示している。
五輪書を書いたのは六十歳頃。
武蔵は若き日の武勇伝を書きたかったのではない。
人生を通して掴んだ「道」を後世に残したかったのである。
五輪書にはこうある。
「兵法の道は万事に通ず」
これは剣術だけの話ではない。
仕事も。
家庭も。
人間関係も。
人生そのものも。
すべてに通じるという意味だ。
私自身、五十歳で脳梗塞を患った。
六十歳では巨大な肝細胞癌が見つかり、余命半年を告げられた。
両膝も壊れた。
若い頃のような身体ではない。
それでも私は道場に立ち続けている。
なぜか。
強さとは、相手を倒すことではないと知ったからだ。
病に負けない。
老いに負けない。
絶望に負けない。
これもまた武道である。
十年ほど前、親友の西島洋介さんが熊本で引退試合を行った。
相手は“野獣”ボブ・サップ。
その試合のセコンドには、超人・倉本成春先生がついてくださった。
私は倉本先生に、
「もし西島洋介が負けるようなことがあったら腹を切ります」
と申し上げた。
今思えば大袈裟な話だが、それほど真剣だったのである。
倉本先生は笑って相手にされなかった。
しかし、その言葉に嘘はなかった。
私たちは本気で勝負に向き合っていた。
試合前日、倉本先生は宮本武蔵が五輪書を書いた霊巌洞を訪れたという。
そして試合当日。
先生の表情はまるで武蔵が乗り移ったかのように厳しかった。
試合直前、倉本先生が言われた。
「昔の武士は戦の前に腹から気合いを発したという。我々もそれにならおう。」
そして全員で、
「おーーーーーっ!」
と腹の底から気合いを放った。
その瞬間、道場とも試合会場とも違う、武士の戦場のような空気が流れた。
そして西島洋介さんはボブ・サップを見事にノックアウトした。
私は今でもあの日の空気を忘れない。
話を武蔵に戻そう。
武蔵は晩年、熊本の霊巌洞に籠もった。
華やかな勝負の世界から離れ、一人静かに己と向き合った。
そこで完成したのが五輪書だった。
剣を振るよりも難しい戦いがある。
それは己との戦いである。
老境とは衰えることではない。
余計なものが削ぎ落とされ、本当に大切なものが見えてくる時期である。
武蔵が最後に辿り着いた境地もそこだったのではないか。
勝つための剣から、
生きるための道へ。
それが宮本武蔵の到達した境地だった。
六十を超えた今、私は若い頃より武蔵の言葉が理解できる気がする。
人生そのものが修行である。
老境とは修行の終わりではない。
むしろ、本当の修行の始まりなのである。
押忍。
次回
超人伝説 No.2
「大山倍達 ― 牛殺し伝説の真実」





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