老境の武道 第7 弾アントニオ猪木会長
更新日:6月27日
「元気があれば何でもできる」の真実
「元気があれば何でもできる。」
日本人なら一度は聞いたことのある言葉だろう。
アントニオ猪木。
燃える闘魂。
プロレス界の英雄。
異種格闘技戦の開拓者。
そして数え切れない人々に勇気を与えた男である。
若い頃のアントニオ猪木は強かった。
とにかく強かった。
身体も大きい。
精神力も桁外れだった。
どんな強敵にも立ち向かった。
しかし私は思う。
猪木会長の本当の強さは晩年にあったのではないかと。
人は若い頃、
力があるから元気でいられる。
身体が動くから前向きでいられる。
だが老いは容赦なく訪れる。
筋力は落ちる。
病気になる。
仲間が去る。
思うように身体が動かなくなる。
私自身もそうだった。
脳梗塞で倒れた。
肝細胞癌で余命半年と告げられた。
両膝も壊れた。
若い頃のようには動けない。
正直、心が折れそうになったこともある。
そんな時、私は猪木の晩年を思い出す。
難病と闘いながら、
満足に歩くこともできなくなった。
それでも人前に立った。
それでも笑顔を見せた。
それでも人々を励ました。
なぜだろう。
それは「元気」という言葉の意味を知っていたからだ。
多くの人は勘違いしている。
元気とは体力のことではない。
元気とは心の姿勢である。
身体が元気だから笑うのではない。
笑うから元気になるのである。
猪木はそれを人生で証明した。
病床にあっても、
最後まで闘魂を失わなかった。
最後まで人々を励ました。
最後まで前を向いた。
だからこそ多くの人の心に残ったのだ。
私には猪木会長との忘れられない思い出がある。
ある日、アントニオ猪木会長が、西島洋介君と私を食事に招いてくださった。
当時の私はもちろん、西島君も興奮していた。
食事も一段落した頃、西島君が猪木会長に質問した。
「会長が戦った中で、一番強かった相手は誰ですか?」
私も興味津々だった。
空手家の私は、てっきりウィリー・ウィリアムスの名前が出ると思った。
ボクサーの西島君は、おそらくモハメド・アリを期待していたのではないだろうか。
しかし猪木会長は笑いながら言った。
「つまらねぇ質問だな」
そして少し間を置いて、
「アンドレだよ」
と答えた。
アンドレ・ザ・ジャイアント。
世界最大級の巨人レスラーである。
理由を聞くと、これがまた面白かった。
「あいつな、あの身体で元サッカー選手なんだよ」
そして猪木会長は笑いながら続けた。
「リングの外から殴って逃げた奴がいてな。入口近くまで全力で走って逃げたんだ。でも気が付いたら、もう後ろにアンドレが立ってたんだよ」
私も西島君も思わず笑ってしまった。
巨大な身体からは想像もできない俊敏さだったらしい。
正直に言えば、私は少し拍子抜けした。
ウィリーでもアリでもなかったからだ。
しかし今になって思う。
猪木会長は本当に強かった相手を挙げたのだろう。
世間が評価する強さではなく、
自分が肌で感じた強さを。
あの時の会長の笑顔が今でも忘れられない。
テレビの中の燃える闘魂ではなく、
一人の人間としての猪木会長がそこにいた。
だからこそ、その後に聞く「元気があれば何でもできる」という言葉には、重みがあったのである。
若い頃の私は、
強くなることばかり考えていた。
大会で勝ちたい。
世界一になりたい。
人より上になりたい。
しかし六十五歳になった今、
本当に大切なのは強さではなく元気なのだと思う。
朝起きて、
今日も頑張ろうと思えること。
道場へ行こうと思えること。
子ども達の顔を見て笑えること。
家族や仲間に感謝できること。
それが本当の元気である。
猪木の言葉は単なる掛け声ではなかった。
人生哲学だったのだ。
元気があれば何でもできる。
裏を返せば、
元気を失えば何もできない。
だからこそ、
どんな状況でも希望を持て。
どんな逆境でも前を向け。
どんな老いが来ても挑戦をやめるな。
そういう意味だったのではないだろうか。
老境とは衰えることではない。
命ある限り挑戦を続けることである。
私もまだ修行の途中だ。
双葉山の言葉を借りれば、
未だ木鶏たりえず。
猪木会長の言葉を借りれば、
まだまだ闘魂は燃えている。
六十五歳。
身体は若くない。
だが心はまだ前を向いている。
だから今日も道着を着る。
今日も子ども達に向き合う。
そして声を大にして言いたい。
元気があれば何でもできる。
一、二、三、ダーッ!
押忍。












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