「元気があれば何でもできる。」 日本人なら一度は聞いたことのある言葉だろう。 アントニオ猪木。 燃える闘魂。 プロレス界の英雄。 異種格闘技戦の開拓者。 そして数え切れない人々に勇気を与えた男である。 若い頃のアントニオ猪木は強かった。 とにかく強かった。 身体も大きい。 精神力も桁外れだった。 どんな強敵にも立ち向かった。 しかし私は思う。 猪木会長の本当の強さは晩年にあったのではないかと。 人は若い頃、 力があるから元気でいられる。 身体が動くから前向きでいられる。 だが老いは容赦なく訪れる。 筋力は落ちる。 病気になる。 仲間が去る。 思うように身体が動かなくなる。 私自身もそうだった。 脳梗塞で倒れた。 肝細胞癌で余命半年と告げられた。 両膝も壊れた。 若い頃のようには動けない。 正直、心が折れそうになったこともある。 そんな時、私は猪木の晩年を思い出す。 難病と闘いながら、 満足に歩くこともできなくなった。 それでも人前に立った。 それでも笑顔を見せた。 それでも人々を励ました。 なぜだろう。 それは「元気」という言葉の意味を知っていたからだ。 多くの人は勘違いしている。 元気とは体力のことではない。 元気とは心の姿勢である。 身体が元気だから笑うのではない。 笑うから元気になるのである。 猪木はそれを人生で証明した。 病床にあっても、 最後まで闘魂を失わなかった。 最後まで人々を励ました。 最後まで前を向いた。 だからこそ多くの人の心に残ったのだ。 私には猪木会長との忘れられない思い出がある。 ある日、アントニオ猪木会長が、西島洋介君と私を食事に招いてくださった。 当時の私はもちろん、西島君も興奮していた。 食事も一段落した頃、西島君が猪木会長に質問した。 「会長が戦った中で、一番強かった相手は誰ですか?」 私も興味津々だった。 空手家の私は、てっきりウィリー・ウィリアムスの名前が出ると思った。 ボクサーの西島君は、おそらくモハメド・アリを期待していたのではないだろうか。 しかし猪木会長は笑いながら言った。 「つまらねぇ質問だな」 そして少し間を置いて、 「アンドレだよ」 と答えた。 アンドレ・ザ・ジャイアント。 世界最大級の巨人レスラーである。 理由を聞くと、これがまた面白かった。 「あいつな、あの身体で元サッカー選手なんだよ」 そして猪木会長は笑いながら続けた。 「リングの外から殴って逃げた奴がいてな。入口近くまで全力で走って逃げたんだ。でも気が付いたら、もう後ろにアンドレが立ってたんだよ」 私も西島君も思わず笑ってしまった。 巨大な身体からは想像もできない俊敏さだったらしい。 正直に言えば、私は少し拍子抜けした。 ウィリーでもアリでもなかったからだ。 しかし今になって思う。 猪木会長は本当に強かった相手を挙げたのだろう。 世間が評価する強さではなく、 自分が肌で感じた強さを。 あの時の会長の笑顔が今でも忘れられない。 テレビの中の燃える闘魂ではなく、 一人の人間としての猪木会長がそこにいた。 だからこそ、その後に聞く「元気があれば何でもできる」という言葉には、重みがあったのである。 若い頃の私は、 強くなることばかり考えていた。 大会で勝ちたい。 世界一になりたい。 人より上になりたい。 しかし六十五歳になった今、 本当に大切なのは強さではなく元気なのだと思う。 朝起きて、 今日も頑張ろうと思えること。 道場へ行こうと思えること。 子ども達の顔を見て笑えること。 家族や仲間に感謝できること。 それが本当の元気である。 猪木の言葉は単なる掛け声ではなかった。 人生哲学だったのだ。 元気があれば何でもできる。 裏を返せば、 元気を失えば何もできない。 だからこそ、 どんな状況でも希望を持て。 どんな逆境でも前を向け。 どんな老いが来ても挑戦をやめるな。 そういう意味だったのではないだろうか。 老境とは衰えることではない。 命ある限り挑戦を続けることである。 私もまだ修行の途中だ。 双葉山の言葉を借りれば、 未だ木鶏たりえず。 猪木会長の言葉を借りれば、 まだまだ闘魂は燃えている。 六十五歳。 身体は若くない。 だが心はまだ前を向いている。 だから今日も道着を着る。 今日も子ども達に向き合う。 そして声を大にして言いたい。 元気があれば何でもできる。 一、二、三、ダーッ! 押忍。