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老境の武道 第五弾 塩田剛三

6月20日
読了時間: 3分

「本当に強い人は争わない」

私は子供の頃、何度か合気道の達人・塩田剛三先生にお会いしたことがある。

父・重松栄治が柔道の選抜選手だった関係で、ご縁をいただいたのだ。

当時の私はまだ少年だった。

稽古が始まると道場の空気は一変する。

小柄な老人が立っているだけなのに、誰も近づけない。

弟子達は緊張し、道場には張り詰めた空気が漂う。

まるで鬼神。

それが塩田剛三だった。

ところが稽古が終わると別人になる。

道場には卓袱台が並べられ、

刺身が並び、

酒が注がれ、

政財界の大物たちが肩書きを外して集まる。

大臣も社長も官僚も関係ない。

皆が笑いながら酒を酌み交わしていた。

その輪の中心には塩田先生がいた。

私は子供心に思った。

「この人は、人を倒すために強いのではない」

と。

むしろ、

「人をつなげるために強いのだ」

と。

塩田先生はよく言われた。

「合気とは何ですか?」

すると豪快に笑いながら答える。

「君のことを殺しに来た人と仲良くなることだよ。」

周囲は笑う。

だが先生は本気だった。

武道の世界では強さを語る人は多い。

何人倒した。

何回優勝した。

何段になった。

しかし塩田先生が目指したのは、その先だった。

敵を倒すことではない。

敵を敵でなくすることだった。

私も六十五年生きてきた。

世界大会にも出た。

優勝も経験した。

脳梗塞にもなった。

肝臓癌で余命半年とも言われた。

膝も壊れた。

若い頃のように動けない。

しかし今になって思う。

本当に難しいのは、

相手を倒すことではない。

許すことだ。

受け入れることだ。

仲良くなることだ。

若い頃は拳で勝てば終わりだった。

だが人生はそう簡単ではない。

夫婦もそう。

親子もそう。

職場もそう。

地域活動もそう。

保護司も民生委員もそうだ。

正論で人は変わらない。

力でも変わらない。

相手を理解しようとした時に初めて変わる。

塩田先生はそのことを知っていたのだろう。

晩年の塩田先生は不思議だった。

若い頃より強く見えた。

筋肉は落ちている。

体力も衰えている。

それなのに誰も敵わない。

なぜか。

力で戦っていなかったからだ。

相手と争っていなかったからだ。

武道は最後、

「勝つ技術」

から

「争わない技術」

へと変わる。

宮本武蔵は剣を置いた。

双葉山は「未だ木鶏たりえず」と言った。

大山倍達は晩年、人間教育を語った。

そして塩田剛三はこう言った。

「殺しに来た人と仲良くなることだ。」

武道の達人たちは皆、

最後は同じ場所に辿り着く。

それは強さの頂点ではない。

優しさの頂点である。

私も老境に入り、

ようやく少しだけ分かってきた。

若い頃は相手を倒したかった。

今は相手と笑いたい。

塩田先生が卓袱台を囲みながら見せてくれた笑顔。

あれこそが合気だったのだろう。

あれこそが老境の武道だったのだろう。

押忍。


晩年の塩田剛三先生
晩年の塩田剛三先生

 
 
 

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