私は子供の頃、何度か合気道の達人・塩田剛三先生にお会いしたことがある。 父・重松栄治が柔道の選抜選手だった関係で、ご縁をいただいたのだ。 当時の私はまだ少年だった。 稽古が始まると道場の空気は一変する。 小柄な老人が立っているだけなのに、誰も近づけない。 弟子達は緊張し、道場には張り詰めた空気が漂う。 まるで鬼神。 それが塩田剛三だった。 ところが稽古が終わると別人になる。 道場には卓袱台が並べられ、 刺身が並び、 酒が注がれ、 政財界の大物たちが肩書きを外して集まる。 大臣も社長も官僚も関係ない。 皆が笑いながら酒を酌み交わしていた。 その輪の中心には塩田先生がいた。 私は子供心に思った。 「この人は、人を倒すために強いのではない」 と。 むしろ、 「人をつなげるために強いのだ」 と。 塩田先生はよく言われた。 「合気とは何ですか?」 すると豪快に笑いながら答える。 「君のことを殺しに来た人と仲良くなることだよ。」 周囲は笑う。 だが先生は本気だった。 武道の世界では強さを語る人は多い。 何人倒した。 何回優勝した。 何段になった。 しかし塩田先生が目指したのは、その先だった。 敵を倒すことではない。 敵を敵でなくすることだった。 私も六十五年生きてきた。 世界大会にも出た。 優勝も経験した。 脳梗塞にもなった。 肝臓癌で余命半年とも言われた。 膝も壊れた。 若い頃のように動けない。 しかし今になって思う。 本当に難しいのは、 相手を倒すことではない。 許すことだ。 受け入れることだ。 仲良くなることだ。 若い頃は拳で勝てば終わりだった。 だが人生はそう簡単ではない。 夫婦もそう。 親子もそう。 職場もそう。 地域活動もそう。 保護司も民生委員もそうだ。 正論で人は変わらない。 力でも変わらない。 相手を理解しようとした時に初めて変わる。 塩田先生はそのことを知っていたのだろう。 晩年の塩田先生は不思議だった。 若い頃より強く見えた。 筋肉は落ちている。 体力も衰えている。 それなのに誰も敵わない。 なぜか。 力で戦っていなかったからだ。 相手と争っていなかったからだ。 武道は最後、 「勝つ技術」 から 「争わない技術」 へと変わる。 宮本武蔵は剣を置いた。 双葉山は「未だ木鶏たりえず」と言った。 大山倍達は晩年、人間教育を語った。 そして塩田剛三はこう言った。 「殺しに来た人と仲良くなることだ。」 武道の達人たちは皆、 最後は同じ場所に辿り着く。 それは強さの頂点ではない。 優しさの頂点である。 私も老境に入り、 ようやく少しだけ分かってきた。 若い頃は相手を倒したかった。 今は相手と笑いたい。 塩田先生が卓袱台を囲みながら見せてくれた笑顔。 あれこそが合気だったのだろう。 あれこそが老境の武道だったのだろう。 押忍。