老境とは衰えることではない
- 榮一 重松
- 6月11日
- 読了時間: 2分
歳を取るということは、失うことだと思っていた。
若い頃のようには走れない。
高く跳べない。
夜遅くまで稽古を続けることも難しい。
鏡を見るたび、白髪が増え、顔には深い皺が刻まれる。
多くの人は、それを「衰え」と呼ぶ。
だが六十五歳になった今、私は少し違う考えを持っている。
老境とは、衰えることではない。
老境とは、本当に大切なものだけが残っていく時間なのだ。
私は四十代で右腕を骨折した。
五十代で脳梗塞になった。
そして六十歳の時、九センチを超える肝細胞癌が見つかった。
医師から告げられた言葉は残酷だった。
「余命半年です」
その瞬間、人生が終わったと思った。
世界チャンピオンになったことも。
数々の試合を戦ったことも。
積み重ねてきた武道も。
全てが遠い過去のように思えた。
だが不思議なことに、人間は本当に追い詰められると、一番大切なものが見えてくる。
私にとってそれは道場だった。
子どもたちの声。
仲間たちの笑顔。
道着の匂い。
床を踏みしめる音。
私はもう一度、そこへ戻りたいと思った。
そして戻った。
ゆっくりだった。
以前のようには動けない。
だが心だけは折れなかった。
その時初めて分かった。
武道とは、相手に勝つためだけのものではない。
人生に負けないためのものなのだと。
若い頃は力があった。
速さもあった。
勢いもあった。
しかし今は違う。
失ったものも多い。
だがその代わりに手に入れたものがある。
感謝。
忍耐。
思いやり。
そして生きていることへの喜び。
それらは若い頃の私には分からなかった。
老境だからこそ見える景色がある。
老境だからこそ学べる武道がある。
木は若い時、上へ上へと伸びる。
しかし老木は違う。
地中深くへ根を張る。
強い風が吹いても倒れない。
それは年輪が支えているからだ。
人間も同じである。
歳を重ねるとは、人生の年輪を刻むことなのだ。
私は今でも稽古を続けている。
膝は痛む。
身体は若くない。
それでも道場へ向かう。
なぜなら私は知っているからだ。
本当の強さは若さではない。
何度倒れても立ち上がることだと。
老境とは衰えることではない。
人生が磨かれていく時間である。
そして武道家にとって老境とは、
最後に訪れる、最も深い修行の時間なのである。





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