老境で始まる修行
- 榮一 重松
- 6月7日
- 読了時間: 1分
若い頃、私は強くなることばかり考えていた。
試合に勝つこと。技を磨くこと。人より前に出ること。
武道とは強さを求める道だと思っていた。
しかし六十五歳になった今、若い頃には見えなかったものが見えてくる。
身体は確かに衰える。
かつて軽々とできたことが難しくなり、疲労の回復にも時間がかかる。
だが不思議なことに、
武道の本当の面白さは、ここから始まるのである。
若い頃は相手と戦う。
老境では自分と戦う。
焦りと戦い、驕りと戦い、怠け心と戦う。
毎朝起きて道場へ向かう。
帯を締める。
礼をする。
その一つひとつが修行になる。
武道とは相手を倒すためだけのものではない。
人生を整えるための道である。
宮本武蔵は晩年、『我以外皆我師』の境地に至ったと言われる。
誰からでも学ぶ。
何歳になっても学ぶ。
それが真の武道家の姿であろう。
老境とは終わりではない。
新しい修行の始まりである。
私もまた、
今日も道場に立つ。
未熟な自分を鍛えるために。
「次回:なぜ武道家は老け方が違うのか」



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