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松栄塾公式ブログ「老境の武道」

未だ木鶏たりえず

69連勝という前人未到の記録を打ち立てた大横綱双葉山。

その双葉山が晩年まで座右の銘としていた言葉がある。

「未だ木鶏たりえず」

木鶏とは、どれほど挑発されても動じない境地を指す。

若い頃の私は、強さとは相手を倒すことだと思っていた。

試合に勝ち、相手を圧倒し、称賛を受けることが強さだと信じていた。

しかし六十五歳になった今、違う景色が見える。

怒りに流されないこと。

焦らないこと。

驕らないこと。

そして、どれほど経験を積んでも自分を未熟だと思えること。

本当の強さとは、他人に勝つことではなく、自分を制することなのだろう。

双葉山ほどの大横綱ですら、

「私はまだ木鶏になれていない」

と言い続けた。

老境とは衰えではない。

未熟を知り、さらに学び続ける時間である。

私もまた、

未だ木鶏たりえず。

だからこそ今日も稽古を続ける。

 
 
 

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