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最終章】「老境の武道」~人生最後の日まで私は修行者でありたい~

振り返れば、


長い道だった。


少年時代、


強くなりたくて武道の門を叩いた。


誰よりも強くなりたい。


誰にも負けたくない。


そんな思いだけで始まった道だった。


やがて試合に出るようになった。


勝利の喜びを知った。


敗北の悔しさも知った。


そして四十五歳の時、


世界一になるという夢を叶えた。


あの頃の私は、


頂上に立つことが武道の完成だと思っていた。


しかし人生は、


そんなに簡単なものではなかった。


五十歳で脳梗塞になった。


六十歳では肝細胞癌になった。


余命半年とも告げられた。


両膝も壊れた。


若い頃のように動くことはできない。


思い通りにならないことばかりである。


だが不思議なことに、


今が人生で一番穏やかである。


なぜだろう。


それは武道の本当の意味を、


ようやく理解できたからかもしれない。


武道とは、


人を倒す技ではなかった。


人に勝つためのものでもなかった。


自分自身を磨き続けるための道だった。


民生委員として地域の人々と向き合った。


保護司として人生に迷った若者と向き合った。


道場では子供達と向き合った。


その中で私は知った。


本当に強い人とは、


人を支えられる人であることを。


涙を流す人の話を聞ける人であることを。


震える手に、


そっと手を添えられる人であることを。


若い頃の私は、


拳を鍛えていた。


老境に入った私は、


心を鍛えている。


それが武道の最後の修行なのだろう。


最近、


道場の子供達を見ていると嬉しくなる。


元気に挨拶する姿。


仲間を応援する姿。


負けても立ち上がる姿。


その姿の中に、


未来を見る。


私がいなくなった後も、


武道の心は受け継がれていく。


そう思うと安心する。


人はいつか必ず老いる。


そしていつか必ず旅立つ。


それは避けられない。


しかし私は恐れていない。


なぜなら人生は、


勝ち負けではないことを知ったからである。


どれだけ人を愛せたか。


どれだけ人に感謝できたか。


どれだけ人の役に立てたか。


最後に問われるのは、


そのことだけなのだと思う。


私はまだ修行の途中である。


六十五歳になった今も、


未熟である。


知らないことも多い。


反省することも多い。


だから今日も学ぶ。


今日も稽古する。


今日も人と向き合う。


人生最後の日まで、


私は完成しないだろう。


完成しないから面白い。


完成しないから歩き続ける。


それが武道であり、


それが人生なのだと思う。


もし明日、


再び道場の床に立てるなら、


私はいつものように礼をするだろう。


そして静かにこう言う。


押忍。


その一言に、


六十五年の人生への感謝を込めながら。


老境とは終わりではない。


人生最後の修行が始まる場所である。


私はこれからも歩いていく。


人生最後の日まで、


一人の修行者として。

 
 
 

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