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敗北が教えてくれたこと~勝利よりも価値のあった一度の負け~

若い頃の私は、


負けることが大嫌いだった。


試合に出る以上は勝ちたい。


いや、


勝たなければ意味がないと思っていた。


だから必死に稽古をした。


誰よりも汗を流し、


誰よりも強くなろうとした。


勝てば嬉しかった。


負ければ悔しかった。


そして私は、


数え切れないほどの勝利を経験した。


しかし今振り返ってみると、


人生を変えたのは勝利ではなかった。


たった一度の敗北だった。


その試合の日のことは今でも覚えている。


自信があった。


負けるとは思っていなかった。


ところが現実は違った。


相手の方が強かった。


何もできなかった。


言い訳のできない完敗だった。


試合後、


私は悔しくて眠れなかった。


何日もその敗北を引きずった。


だが不思議なことに、


時間が経つにつれ、


その敗北は私の人生の教師になっていった。


勝っている時、人は学ばない。


自分は正しいと思っているからだ。


しかし負けた時、


初めて自分の弱さを見る。


慢心。


油断。


驕り。


努力不足。


敗北はそれらを容赦なく教えてくれる。


だから負けることは苦しい。


だが同時に、


人を成長させる。


私は世界一になったことがある。


それは誇りである。


しかし私を人間として育てたのは、


優勝した試合ではなく、


悔し涙を流したあの日の敗北だった。


もしあの時ずっと勝ち続けていたら、


私は傲慢な人間になっていたかもしれない。


人の痛みも、


苦しみも、


理解できなかったかもしれない。


敗北を知ったからこそ、


負けた子供の気持ちが分かる。


敗北を知ったからこそ、


挫折した若者の話を聞ける。


敗北を知ったからこそ、


人生に苦しむ人に寄り添える。


人生も同じである。


病気も敗北に似ている。


老いも敗北に似ている。


思い通りにならない現実も敗北に似ている。


しかし、


そこから何を学ぶかで人生は変わる。


私は五十歳で脳梗塞になった。


六十歳で肝細胞癌になった。


余命半年とも言われた。


それは人生最大の敗北のように思えた。


だが今は違う。


その経験があったからこそ、


命の尊さを知った。


人の優しさを知った。


生きていることの有り難さを知った。


勝利は人を喜ばせる。


しかし敗北は人を育てる。


だから私は今、


若い道場生達にこう伝えたい。


負けることを恐れるな。


本当に怖いのは、


負けから何も学ばないことだ。


人生最後の日に振り返った時、


私が誇りに思うのは、


勝った試合の数ではない。


負けても立ち上がり続けた自分自身である。


それこそが、


武道が教えてくれた本当の強さなのだから。



次回「人生で一番強かった日」


~世界王者になった日ではなかった~

 
 
 

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