敗北が教えてくれたこと~勝利よりも価値のあった一度の負け~
- 榮一 重松
- 6月7日
- 読了時間: 3分
若い頃の私は、
負けることが大嫌いだった。
試合に出る以上は勝ちたい。
いや、
勝たなければ意味がないと思っていた。
だから必死に稽古をした。
誰よりも汗を流し、
誰よりも強くなろうとした。
勝てば嬉しかった。
負ければ悔しかった。
そして私は、
数え切れないほどの勝利を経験した。
しかし今振り返ってみると、
人生を変えたのは勝利ではなかった。
たった一度の敗北だった。
その試合の日のことは今でも覚えている。
自信があった。
負けるとは思っていなかった。
ところが現実は違った。
相手の方が強かった。
何もできなかった。
言い訳のできない完敗だった。
試合後、
私は悔しくて眠れなかった。
何日もその敗北を引きずった。
だが不思議なことに、
時間が経つにつれ、
その敗北は私の人生の教師になっていった。
勝っている時、人は学ばない。
自分は正しいと思っているからだ。
しかし負けた時、
初めて自分の弱さを見る。
慢心。
油断。
驕り。
努力不足。
敗北はそれらを容赦なく教えてくれる。
だから負けることは苦しい。
だが同時に、
人を成長させる。
私は世界一になったことがある。
それは誇りである。
しかし私を人間として育てたのは、
優勝した試合ではなく、
悔し涙を流したあの日の敗北だった。
もしあの時ずっと勝ち続けていたら、
私は傲慢な人間になっていたかもしれない。
人の痛みも、
苦しみも、
理解できなかったかもしれない。
敗北を知ったからこそ、
負けた子供の気持ちが分かる。
敗北を知ったからこそ、
挫折した若者の話を聞ける。
敗北を知ったからこそ、
人生に苦しむ人に寄り添える。
人生も同じである。
病気も敗北に似ている。
老いも敗北に似ている。
思い通りにならない現実も敗北に似ている。
しかし、
そこから何を学ぶかで人生は変わる。
私は五十歳で脳梗塞になった。
六十歳で肝細胞癌になった。
余命半年とも言われた。
それは人生最大の敗北のように思えた。
だが今は違う。
その経験があったからこそ、
命の尊さを知った。
人の優しさを知った。
生きていることの有り難さを知った。
勝利は人を喜ばせる。
しかし敗北は人を育てる。
だから私は今、
若い道場生達にこう伝えたい。
負けることを恐れるな。
本当に怖いのは、
負けから何も学ばないことだ。
人生最後の日に振り返った時、
私が誇りに思うのは、
勝った試合の数ではない。
負けても立ち上がり続けた自分自身である。
それこそが、
武道が教えてくれた本当の強さなのだから。
次回「人生で一番強かった日」
~世界王者になった日ではなかった~



コメント