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敗北が教えてくれたこと

人生で本当に自分を育ててくれたのは、

勝利ではなかった。

敗北だった。

若い頃の私は勝つことばかり考えていた。

誰よりも強くなりたい。

世界一になりたい。

そのために稽古を重ねた。

血の滲むような練習もした。

だが人生を振り返ると、

私を大きく成長させたのは、

栄光の日ではなく、

負けてうつむいた日々だった。

1993年。

正道会館カラテワールドカップ。

当時の正道会館には、

「四天王」と呼ばれる怪物たちがいた。

全国の強豪が憧れ、

恐れた男たちである。

私はその舞台に立った。

全力で戦った。

だが結果は敗北だった。

試合が終わった後、

悔しさで眠れなかった。

何が足りなかったのか。

なぜ勝てなかったのか。

頭の中で何度も試合を繰り返した。

しかし今思えば、

あの敗北こそが私を次の世界へ押し上げたのである。

人は勝つと安心する。

だが負けると考える。

敗北は残酷だ。

言い訳も通用しない。

現実だけを突き付けてくる。

だからこそ成長がある。

2000年。

世界大会。

今度はアジアの強豪選手に敗れた。

体格も違う。

パワーも違う。

技術も違う。

世界にはこんな選手がいるのか。

正直そう思った。

だが同時に嬉しくもあった。

自分がまだ未熟だと知れたからである。

若い頃は、

敗北は恥だと思っていた。

だが今は違う。

敗北は財産である。

負けた経験のない人間は、

人の痛みが分からない。

負けた経験のない指導者は、

子どもの涙を理解できない。

負けた経験のない大人は、

人生の本当の厳しさを語れない。

道場で試合に負けて泣く少年を見る。

私はいつも言う。

「その涙は宝物だぞ」

と。

なぜなら私自身、

数え切れない敗北に育てられてきたからだ。

ところが不思議なことが起きた。

四十歳を過ぎてからである。

私はほとんど負けなくなった。

大会に出ても勝ち続けた。

マスターズ大会でも優勝した。

世界大会でも頂点に立った。

周囲からは、

「重松先生は強いですね」

と言われた。

だが本人は違うことを考えていた。

若い頃ほど嬉しくなかったのである。

なぜか。

負けの重みを知ってしまったからだ。

勝利は一日で終わる。

しかし敗北は何年も心に残る。

そしてその傷が人を育てる。

六十五歳になった今、

人生最大の師は誰だったのかと聞かれたら、

私はこう答える。

「私を倒した人たちです」

と。

正道の四天王。

世界大会のアジア選手。

そして名前も忘れてしまった数多くの強豪たち。

彼らがいなければ、

今の私は存在しない。

宮本武蔵は数多くの勝負に勝った。

だが五輪書に残したのは勝利の自慢話ではない。

学びである。

達人たちは皆知っている。

人を育てるのは勝利ではない。

敗北だということを。

人生も同じである。

病気に負けそうになった。

怪我に負けそうになった。

運命に負けそうになった。

だがそのたびに立ち上がった。

だから今ここにいる。

若い人たちに伝えたい。

負けることを恐れるな。

負けた時こそ前を向け。

試合に負けても人生は終わらない。

むしろそこから始まる。

私が世界一になれたのは、

勝ち続けたからではない。

負け続けても辞めなかったからだ。

だから今でも胸を張って言える。

人生で一番価値のある勝利は、

他人に勝つことではない。

敗北の後、

もう一度立ち上がることである。


押忍。


 
 
 

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