人生は後半戦からが面白い
- 榮一 重松
- 4 日前
- 読了時間: 3分
六十五歳になった今、私は心からそう思う。
人生は後半戦からが面白い。
若い頃の私が聞いたら、きっと笑っただろう。
人生の頂点は若さにある。
体力もある。
夢もある。
未来もある。
そう思っていた。
だが実際は違った。
人生とは、歳を重ねるほど深くなるものだった。
四十代。
右腕を骨折した。
空手家にとって腕は命だ。
もう思うように戦えないかもしれない。
そう思った。
五十代。
脳梗塞で倒れた。
病院の白い天井を見上げながら、身体が自由に動くことがどれほど有り難いことかを知った。
六十歳。
肝細胞癌。
腫瘍は九センチを超えていた。
医師から告げられた。
「余命半年です」
世界チャンピオンを目指していた若い頃でも、そんな恐怖は味わったことがなかった。
人間は死を目の前にすると、本当に弱くなる。
夜中に目が覚める。
未来が見えない。
不安だけが膨らんでいく。
だが私は道場へ戻った。
子どもたちが待っていた。
仲間たちが待っていた。
そして武道が待っていた。
私は生きることを選んだ。
いや、生き抜くことを選んだのだ。
しかし試練は終わらなかった。
昨年。
今度は副腎への転移が見つかった。
腎臓の上にある小さな臓器。
そこに癌が広がっていた。
再び手術。
想像を超える苦しみだった。
身体を切り開かれる痛み。
思うように動けない日々。
夜も眠れない苦しさ。
「もう十分だろう」
そんな声が心のどこかで聞こえた。
だが私はギブアップしなかった。
なぜなら私は武道家だからだ。
武道とは勝つことではない。
最後まで諦めないことだ。
倒されても立つ。
また倒されても立つ。
それを繰り返すことだ。
私はリングで学んだ。
私は病室で学んだ。
私は人生そのもので学んだ。
人間は、限界まで追い込まれた時に本当の強さが現れる。
若い頃は強さを拳の中に探していた。
今は違う。
強さとは、生きようとする意志だ。
感謝できる心だ。
人を愛する力だ。
そして明日を信じる力だ。
今の私は世界チャンピオンを目指していた若者ではない。
病気もした。
手術もした。
膝も痛む。
身体は確実に老いている。
だが不思議なことに、心は若い頃より自由になった。
勝たなくてもいい。
人と比べなくてもいい。
ただ今日を生きればいい。
今日を笑えばいい。
今日を感謝すればいい。
そのことに気付いた。
だから私は思う。
人生は前半戦で勝負するものではない。
人生は後半戦で味わうものだ。
若い頃は未来を追いかける。
老境では人生を味わう。
それは敗北も含めて。
病気も含めて。
別れも含めて。
すべてを抱きしめながら生きることだ。
もし今、老いを恐れている人がいるなら伝えたい。
人生は終わらない。
老境は終着駅ではない。
新しい旅の始まりだ。
私は余命半年を宣告された。
癌は転移もした。
それでも今日、道場で子どもたちの声を聞いている。
仲間と笑っている。
ブログを書いている。
生きている。
だから私は胸を張って言える。
人生は後半戦からが面白い。
本当に面白くなるのは、全てを失う覚悟を知ったその先なのである。



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