人生で一番強かった日
- 榮一 重松
- 5 日前
- 読了時間: 4分
人生で一番強かった日はいつですか。
そう聞かれたら、
昔の私は迷わずこう答えただろう。
「世界選手権で優勝した日です」
と。
世界一になった日。
表彰台の頂点に立った日。
名前がコールされ
会場の視線を浴びながら
歓声を浴び、
優勝トロフィーを抱いた日。
確かにあの日の私は強かった。
誰よりも強かったかもしれない。
しかし六十五歳になった今、
私は違う答えを持っている。
人生で一番強かった日は、
世界チャンピオンになった日ではない。
余命半年を宣告された日から、
再び道場へ戻った日である。
六十歳の頃だった。
医師の顔がいつもと違った。
長年のC型肝炎。
肝硬変。
そして肝細胞癌。
検査結果を見ながら、
医師は静かに言った。
「かなり厳しい状態です」
腫瘍は九センチ近くまで大きくなっていた。
腫瘍マーカーは六千を超えていた。
数字の意味は分からなくても、
それが良くないことだけは理解できた。
そして告げられた。
余命半年。
世界一になった男が、
病院の小さな診察室で、
ただの一人の患者になった。
拳も役に立たない。
技も役に立たない。
段位も役に立たない。
世界王者という肩書きも、
死の前では何の意味も持たなかった。
病院を出た時、
空は不思議なくらい青かった。
人々はいつも通り歩いていた。
車も走っていた。
子ども達の笑い声も聞こえた。
世界は何も変わっていない。
変わったのは、
私だけだった。
帰宅して、
一人になった。
誰もいない部屋で座っていた。
これで終わりなのか。
そう思った。
道場はどうなる。
生徒達はどうなる。
家族はどうなる。
頭の中を様々な思いが駆け巡った。
その夜は眠れなかった。
人は死を前にすると、
本当に弱くなる。
私は世界チャンピオンだった。
だがその夜は、
一人の弱い人間だった。
怖かった。
悔しかった。
生きたかった。
ただ、それだけだった。
手術が始まった。
治療が始まった。
苦しい日々が続いた。
思うように身体は動かない。
体力も落ちる。
鏡を見るたびに、
別人のような自分がいた。
それでも心のどこかで、
一つだけ消えなかったものがあった。
道場へ帰りたい。
その思いだった。
ある日、
久しぶりに道場へ向かった。
足取りは重かった。
以前のようには歩けない。
身体も思うように動かない。
階段を上るだけで息が切れる。
道場の扉を開けた。
いつもの匂いがした。
汗の匂い。
道着の匂い。
畳の匂い。
何十年も共に過ごした場所。
私の人生そのものだった。
生徒達がこちらを見た。
「先生!」
その声を聞いた瞬間、
涙が出そうになった。
必死に堪えた。
私は前へ歩いた。
ゆっくりと。
本当にゆっくりと。
以前なら何でもない距離だった。
しかしその日は違った。
十歩歩くことが、
まるで百人組手のようだった。
それでも私は歩いた。
そして道場の中央に立った。
その瞬間、
心の中で何かが蘇った。
私はまだ終わっていない。
そう思えたのである。
世界選手権で優勝した日よりも、
嬉しかった。
涙が出るほど嬉しかった。
なぜなら、
あの日の私は、
他人に勝ったのではなく、
絶望に勝ったからだ。
強さとは何だろう。
若い頃は拳だと思っていた。
技だと思っていた。
勝利だと思っていた。
だが今は違う。
本当の強さとは、
もう立てないと思った時に、
もう一度立ち上がることだ。
人生で一番強かった日は、
世界一になった日ではない。
余命半年を宣告され、
それでも道場へ戻った日である。
今も私は老いている。
膝も痛む。
身体も若い頃のようには動かない。
だが不思議と心は昔より強い。
なぜなら私は知っているからだ。
人間は、
何度でも立ち上がれるということを。
もし今、
人生に負けそうになっている人がいるなら伝えたい。
諦めないでほしい。
今日を越えれば、
明日がある。
明日を越えれば、
また新しい朝が来る。
人生で本当に強い人とは、
倒れない人ではない。
倒れても、
再び立ち上がる人である。
私はそのことを、
病院のベッドと、
道場の畳の上で学んだ。
あの日、
ゆっくりと道場へ戻った六十歳の男は、
世界チャンピオンではなかった。
ただ生きることを諦めなかった、
一人の武道家だった。
そして私は今でも思う。
あの日こそ、
私の人生で一番強かった日だった。
押忍。




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