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【次回】「人生の師は道場の外にいた」~子供達と出会って教えられたこと~

私は六十年以上、


武道の道を歩いてきた。


数多くの先生方に教えを受けた。


偉大な先輩方とも出会った。


試合を通じて学んだことも数え切れない。


だから若い頃は、


自分は教える側の人間だと思っていた。


道場生に技を教える。


礼儀を教える。


強さを教える。


それが師範の役目だと思っていた。


しかし歳を重ねた今、


私は違う考えにたどり着いた。


本当は私の方が教えられていたのである。


それも、


道場の子供達から。


忘れもしない。


初めて試合で負けて、


人目もはばからず泣いていた少年がいた。


悔し涙を流しながら、


「先生、次は絶対に勝ちます」


と言った。


私は胸を打たれた。


大人になると、


負けた言い訳を探す。


環境のせいにする。


人のせいにする。


だが子供達は違う。


真正面から悔しさを受け止める。


そしてまた立ち上がる。


その姿を見て、


私は初心を思い出した。


まだ、道場がコミュニテイ会館だったころ


心臓弁膜症の子が入門してきた。


彼は激しい運動をできない身体を持って生まれて来てしまった


試合のたび、彼は応援と荷物番をしてくれていた


あるとき、「○○君 いつも悪いな」と声を掛けると


「師範、荷物の番をするのが、僕の試合です」と


満面の笑みを浮かべて答えた姿が、忘れられない


またある少女は、


身体の大きな相手を前に震えていた。


怖かったはずだ。


逃げ出したかったはずだ。


それでも彼女は礼をし、


試合場へ向かった。


その背中を見た時、


勇気とは恐怖がないことではなく、


恐怖があっても前へ進むことなのだと教えられた。


私は世界一になったことがある。


数え切れない試合も経験した。


しかし人生で出会った子供達の方が、


時として私より勇敢だった。


病気で苦しんでいる時もそうだった。


脳梗塞になった時。


肝細胞癌になった時。


余命半年と言われた時。


私は何度も弱気になった。


そんな時、


道場へ行くと子供達が笑っていた。


一生懸命に型を打ち、


転んでも立ち上がり、


汗を流していた。


その姿に、


私は何度も励まされた。


指導者である私が、


逆に生きる力をもらっていたのである。


子供達は未来を信じている。


だから強い。


明日を疑わない。


成長を疑わない。


自分の可能性を疑わない。


それは大人が忘れてしまった力なのかもしれない。


私は民生委員として、


保護司として、


多くの人々と関わってきた。


人生に傷ついた人。


孤独を抱える人。


道を見失った若者。


そんな人々と向き合うたびに思う。


人は何歳になっても成長できる。


何歳になってもやり直せる。


それを最初に教えてくれたのは、


実は道場の子供達だった。


私は師範である。


だが同時に、


生涯の生徒でもある。


人生の師は、


必ずしも偉人ではない。


有名人でもない。


目の前で汗を流し、


必死に生きている子供達だったのである。


だから私は今日も道場へ向かう。


教えるためだけではない。


学ぶためでもある。


子供達という、


人生最高の先生に会うために。



【次回】


「ありがとうと言える強さ」


~武道が最後に教えてくれたもの~

 
 
 

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